留袖の歴史、留袖を着る文化はいつからできたの?

留袖の女性

大人の女性の象徴する着物、それが留袖です。

着物には色んな種類がありますがなんとなくどれがどんな人が着るものということは知っていても、ではその着物は一体いつごろ生まれたものなのかということを知っている方はあまり居ません。

着物を着る上では特に知っておかなければいけないというわけではありませんが日本の古来から親しまれている着物の歴史はちょっと気になりませんか?

今回はそんな着物の歴史の中でも留袖についてどのような歴史があるのか、いつ頃から着るようになったのか見てみましょう。

留袖はいつ頃に生まれたのか

留袖の女性

現在の留袖の姿となったのは江戸時代になってからです。
それまでは振袖が一般的な着物でした。

この時代から女性は19歳以降または結婚した時などには振袖を短く切り詰めて留袖にしていたという記録が数多く残っています。

袖を短くした着物を全て留袖と呼称しており、当時はまだ色留袖や黒留袖という呼び分けはなかったようです。

また袖を切り詰めるとはいっても「切る」という言葉は「縁を切る」とい意味になってしまうので血痕してから短くするのに縁起が悪いということで「袖を留める」という呼び方をしたそうです。

そこから袖を短くした着物を留袖と呼ばれるようになりました。

なぜ留袖は袖を短くするのか

そもそもなぜ結婚してから、または一定の年齢を過ぎたら着物の袖を短くするようになったのでしょうか?

まずそれには原型となっている振袖のさらに原型、小袖から解説する必要があります。

小袖とは現代で言う着物の振りが無く、脇が胴とつながっているままの着物のことです。

振袖はこの小袖の脇を切って振りを作ったものが当時の総称でした。
そして鎌倉時代より当時の振袖が多く見られ、その着用者は子供だったそうです。
(また当時は振袖を着用するのは男女の差はなく皆振袖を着ていたようです。)

そして時代が進むにつれ、帯の幅が広くなっていき、大人の女性が来ていた小袖では幅の広い帯では腕が動かしづらく、大人も着物に振りを付けるようになっていきます。

この流れは一般市民の間で広まっていきましたがその流行を支えたのは歌舞伎や遊郭などだったそうです。

この流行の間に振りはどんどん長くなっていきました。

そして江戸時代、この長くなった振りは好意をもつ相手に振ることで好きだと伝えるアピールとなっていきます。

つまり袖を留めるということは結婚して行為がある相手にアピールする必要がなくなるということからもう振る袖は必要がないから留袖にするという風習が生まれたそうです。

また現代でも男女の間で別れてしまう場合を「振る・振られる」などと呼ぶのはこの振袖の動作から来ています。

黒留袖の発生

江戸時代ころから生まれた留袖はまだどの着物も留袖と呼ばれており区別はありませんでした。

19世紀初頭、ここで留袖にも変化が起き始めます。

この頃より黒く染めた留袖の五つ紋の入った裾模様の既婚女性の式服のことを黒留袖と指すようになります。

また黒留袖は別名、江戸褄とも呼ばれます。

なぜ色留袖よりも黒留袖が正式な場での礼装となったかは諸説ありますが、明治時代に入り、西洋からブラックフォーマルドレスが知られ、入ってきた辺りから和服でも同じようにフォーマルなものが必要になったというところから着物でもフォーマルなものをということで生まれたというものが有力とされています。

黒留袖が使われない格の高い場がある

黒留袖といえば既婚女性の最も格の高い着物ですが、いくら格が高い場だとしても着用しない例があります。

それが宮中です。

構造の方々は黒色は喪の色であるという点から黒留袖を着用しません。
その為、着物が必要な場合は五つ紋の色留袖を着用するのが習慣となっています。

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